私にとって、「初心」とは・・・

　「初心」は、常に私の心の中にあり、大切にしている言葉です。
　サインを求められた時には、気持ちを込めて必ず書いています。

　この言葉が座右の銘になったのは、１９９９年６月。私が東海大３年の時でした。
　最愛の母がくも膜下出血で急逝したのですが、亡くなった後に、父から、母の手紙を渡されました。そこには体調を気遣う言葉とともに、「すべて初心に帰って頑張って下さい」と記してありました。この時、私の心に「初心」という文字が光を発したように飛び込んできたのです。
　
　当時はすごいスランプでした。この年の秋には世界選手権に初出場の予定で、翌年には夢であったオリンピックが控えていました。しかしながら、３月のハンガリー国際や４月の全日本選抜体重別、全日本選手権で勝てませんでした。
　手紙の日付は全日本選手権前の４月２１日でしたが、母は、私が焦りを感じていたことを見抜いていたのではないかと感じています。
　私は、母からの最後の手紙を何度も読み返し、気付いたのです。
　「自分は純粋に柔道が好きだ。強くなりたいから、勝ちたいから、厳しい稽古にも耐えて、柔道を続けてこられたんだ。」
　そんな気持ちになったら、体の中からスッと重たいものが取れたような気がして、前に進むことができたのです。
　そして、「初心」を胸に抱き、１０月の世界選手権（イギリス・バーミンガム）で優勝。翌年のシドニー五輪でも、オール一本勝ちで金メダルを獲得することができました。亡き母が託してくれた言葉が支えになり、愛情が力になったと信じています。「初心」は、母が私にくれた最後の贈り物です。
　　
　柔道以外においても、常に誠実で、謙虚な姿勢を忘れてはいけないと戒める、人生の道標のような言葉です。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　井上　康生

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